大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第一小法廷 昭和59年(あ)140号 決定 1985年4月25日

本店所在地

大阪府高槻市大畑町一二番一五号

大阪産業株式会社

右代表者

代表取締役

高橋達雄

本籍

大阪市北区梅田一丁目八番地

住居

同北区曽根崎一丁目六番七号

会社役員

高橋達雄

昭和三年一〇月一九日生

右の者らに対する法人税法違反各被告事件について、昭和五八年一二月二二日大阪高等裁判所が言い渡した判決に対し、各被告人から上告の申立があったので、当裁判所は、次のとおり決定する。

主文

本件各上告を棄却する。

理由

弁護人大槻龍馬の上告趣意は、単なる法令違反、事実誤認の主張であって、刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。

よって、同法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 和田誠一 裁判官 谷口正孝 裁判官 角田禮次郎 裁判官 矢口洪一 裁判官 高島益郎)

昭和五九年(あ)第一四〇号

○ 上告趣意書

法人税法違反 被告人 大阪産業株式会社

同 高橋達雄

右両名に対する頭書被告事件につき、昭和五八年一二月二二日、大阪高等裁判所が言い渡した判決に対し上告を申し立てた理由は左記のとおりである。

昭和五九年三月一二日

弁護人弁護士 大槻龍馬

最高裁判所第一小法廷 御中

原判決には、次の諸点において、判決に影響を及ぼすべき法令の違反ならびに重大な事実の誤認があり、破棄しなければ著しく正義に反する。

第一点、社交係報酬について、

一、原判決は、弁護人の

第一審判決は、新入店のホステスに支給する祝金につき国税査察官小谷道雄が、これが支給されたか否かを選別の際、基準に充たないものもかなりの数を拾い上げた結果、その合計額が九二万円となったものであって、弁護人らはいく人かの選別もれを主張するが、右の選別を厳格に行えば弁護人らの主張の選別もれを加算しても九二万円に及ばないことは明らかであると判示している。

しかしながら、小谷査察官が基準に充たないものを拾い上げたのはそれなりの理由によって現実に支給していたと判断したからである。第一審判決は、入店祝金は入店一ケ月後実働日数が二五日以上のホステスに対し月一回一万円を支給していたこと、二五日未満の者に対しても月二〇日以上働いておれば二ケ月に一回、あるいは三ケ月に二回支給していたこと、再入店者には原則として支給していなかったことを認定している。

それならば、第一審判決の基準とは何を指すのか、二ケ月に一回あるいは三ケ月に二回のうちどちらが原判決のいう基準となるのか、再入店者には原則として支給しないというが、その場合この原則が基準となるのか、例外のあることが基準となるのか、本件の場合極めて不明確な用語となってしまうのである。

さらに第一審判決判示の「これらの実情に基づき支給元帳から基準該当者を選別した」というのは結局は現実に支給されていると判断したものだけを取り上げたもので、「選別を厳格に行えば弁護人らの主張の選別もれを加算しても九二万円に及ばない」というのは、論理上明らかな矛盾がある。

また小谷査察官の選別に際しては、基準に充たない者もかなりの数が拾い上げられていると判示しながら、具体的に基準に充たないのに拾い上げられているものを示さないで、弁護人が昭和五五年一一月七日付意見書で具体的に赤○印をもって主張している分につき、かりにこれを加算しても九二万円に及ばないというのは判断の誤魔化しというのほかはない。

その一部が押収されている入店祝金の領収証(大阪地裁昭和五五年押第八三号、符号二二の一)によれば北条こと藤本千代子には、昭和五一年一〇月の実働日数が一九日間であるのに一万円が支払われ、叶こと山崎敬子には、同年一〇月は二〇日間一一月は二四日間の実働日数であるのに各一万円宛支払われ、二条こと藤田洋子には、同年一一月の実働日数が二四日間であるのに一万円が支払われていることが明らかで小谷査察官が基準に充たないもので、かつ入店祝金を支払っていないものをも拾い上げたというのは第一審判決の独断である。

このような主張排斥の判断に対しては、被告人としてはどうしても納得できないのである。

との控訴趣意に対し

第一審判決が「社交係報酬について」として説示するところは適切相当と認められる(右説示中紹介料について三五万円となるのは三六万円の誤記と認める)。ちなみに、所論の根拠の一つとして第一審において入店祝金につき八万円の具体的指摘がなされているが(第一審弁護人の昭和五五年一一月七日付意見書、付表五枚添付。記録四六丁)そのうち六回計六万円は各ホステスが入店後一〇か月を超えるため支給基準に該当しないものであり、右付表中の二九五番若尾の昭和五〇年の三月及び四月の二回計二万円は査察官による○印がなく計上洩れと認められるが、検察官(及び査察官)の推計による入店祝金九二万円中には支給基準に該当しない実働日数二〇日未満の右付表中六〇番大津同五〇年九月、一五八番立花同五一年一月、二六一番美沙同五〇年五月、二七九番彌生同五〇年四月の四回計四万円が計上されていると認められることなどにかんがみると、支給基準に従えば入店祝金の合計が九二万円を超えることになりえず、紹介料三六万円を加えて社交係報酬を一二八万円と認定した原判決は正当である。所論は採りえない。

と判示して前記控訴趣意を排斥した。

二、しかしながら、第一審判決も原判決もともに査察官の供述の証明力の評価を誤っている。

そもそも査察官が、入店祝金の支給基準に該当せず、かつ現実に入店祝金を支給されていないホステスにまで、支給があったものとして調査表を作成するというような甘い査察調査をする筈がない。

推定計算によらないで個々の支給が拾い上げられている本件において支給基準に該当しないのに、支給があったものと認定している根拠は当該ホステスに確かめるか、あるいは物的証拠(例えば符二二の一の入店祝金の領収証)によるかしているのであって、かりに基準を緩和するにしてもその限界も定めないで査察官の恣意や裁量によって個々の支給の事実が認定さるべき性質のものではなく、厳格な刑事手続に移行して行く査察調査において、かようなことが存すると考える第一審判決及び原判決は著しく常識を弁えざるものというほかはない。

第一審判決も原判決もともに、責任のがれの査察官の証言の評価を誤り、疑わしきは被告人の利益にという刑事訴訟の原則を破り、逆に被告人に不利益を押しつけ、もって事実を誤認しているのである。

第二点、接待交際費について

一、原判決は、弁護人の

1. 第一審判決は「被告人の昭五四・三・二一付検面調書、奥野一義の検面調書、上山正光の収税官吏に対する質問てん末書によれば、各事業年度六〇〇万円づつの出費は他店のホステス引抜きのために知人に依頼して渡したり、あるいは自分達が他店へ客として行った際の飲食費用、他店閉店後のホステスを接待した費用、入店を承諾したホステスへの支度金として出費したものであるが、その出費の明細については明らかでないことが認められる」としたうえ、「右認定よりすれば、被告会社の右出費が租税特別措置法第六二条に定める事業に関係あるもの等に対する接待、きょう応等のために支出する「交際費等」に該当することが明らかであるとして前記各事業年度六〇〇万円の支出につき、弁護人の従業員募集費に該当するとの主張を排斥して接待交際費として認定したうえ、そのうち三、六七八、五〇七円及び一、八四一、三六九円を損金不算入としたが、右は明らかに事実誤認である。

2. まず前段認定のうち「自分達が他店へ客として行った際の飲食費用、他店閉店後のホステスを接待した費用」なる部分は、奥野一義、上山正光らが自分達のため飲食をしたが如き摘示となっているが、これらは他店のホステス引抜が目的であることを省いた摘示であって誤りである。

3. 第一審判決のいう租税特別措置法六二条四項に規定する「法人がその得意先仕入先その他事業に関係ある者等に対する接待きょう応、慰安、贈答、その他これらに類する行為のために支出するもの」のうち「事業に関係ある者」の中には、未だ当該法人の従業員たるホステスではなく、当該法人の事業と関係のない他店に勤めているホステスを含む者でないことは文言上明らかであるとともに、各種選手、タレント、技術者等のスカウトに要した費用が、税法上交際費ではなく募集費として取扱われている一般例と比較しても第一審判決の判断はあまりにも常識を逸したものといわなければならない。

4. なお昭和五七年一二月一〇日京都地方裁判所における(株)マンモスクラブメトロに対する法人税法違反被告事件判決において、ホステス引抜費用を人件費の中に含めて損金として認定している。

第一審判決は租税特別措置法六二条四項の「その他事業に関係ある者」の解釈を誤り、ひいては事実を誤認したものである。

との控訴趣意に対し、

第一審判決判示第一、第二事実中の各接待交際費の点については、同判決が「接待交際費について」として説示するところは、適切相当と認められる。ちなみに、他店に勤務中のホステスであっても、自社へ引抜くための交渉対象者は、近い将来自社事業に直接関係を持つに至り得べきもので、現に間接に自社の利益に関係ある者であって租税特別措置法六二条四項に規定する「事業に関係のある者等」に含まれ、本件各費用が同条に定める「交際費等」に該当するものというべきである(参考・東京地方裁判所昭和四四年一一月二七日判決、行集二〇巻一一号一、五〇一頁。税務経理協会発行、米山釣一著、交際費一一版三六頁・三八頁)。なお、本件では犯則金額にあたる接待交際費各六〇〇万円がいずれも全額簿外経費として認められて損金不算入額がないので、接待交際費と認定することによる逋脱所得への影響はない。

所論は採り得ない。

と判示して前記控訴趣意を排斥した。

二、ところが、原判決の右の判断は、その前提において重大な錯誤を犯している。

即ち原判決は、「他店に勤務中のホステスであっても、自社へ引抜くための交渉対象者は、近い将来自社事業に直接関係を持つに至り得べきもの。」というが、ホステスの引抜き工作は、何人かの交渉相手のうち、その一部が成功するものであって、交渉した相手の大部分について引抜きが成功するものではない。

ホステス達は、提示した支度金の額、住居のあっせん等あらゆる条件を見較べたうえ、引抜きに応ずるか否かを決めるわけで接待が空振りに終わることは常時のことである。

この点を無視した原判決は、机上論に終わっている。

広告宣伝費に入る折込広告やビラを渡した相手の大半が何も買ってくれないような例と比較しても、その性格においてあまり変わりない。判決が前記のように、「将来自社事業に直接関係を持つに至り得べきもの」と決めてかかったうえ、引抜き交渉の対象となったホステスが、税法特別措置法に規定する「事業に関係ある者等」に含まれるというのは、審理不尽による事実誤認もしくは右法条の解釈を誤ったものというべきである。

なお原判決は、「本件では犯則金額にあたる接待交際費各六〇〇万円がいずれも全額簿外経費として認められて損金不算入がない。」と判示しているが、第一審判決別紙(一)及び別紙(三)の各修正損益計算書中、収入の部に計上されている交際費等損金不算入の記載を見落し、事実を誤認したものである。

第三点、修繕費について

一、第一審判決は、修繕費に関する弁護人の主張を次のような判示により排斥した。

弁護人は、一期における冷暖房機修繕費として二八〇万円を、二期については、大工和田勇に支払った三三万円を修繕費として主張する。一期に関しては、弁護人、被告人らは、その支払先につき当初は、相互冷機、次いで岡村機械とその主張をかえているが、まず相互冷機については、収税官吏の安田満雄に対する質問てん末書によれば、相互冷機と被告会社との取引は、厨房関係で数千円程度の修繕をしたのみで、冷暖房機の修繕をしたことがないことが認められ、これに反する被告人らの弁解は採用しない。

岡村機械については、一応弁護人の主張にそう公判調書中の証人林石肇(第一八回)、同岡村孝則(第二〇回)、被告人高橋達雄(第一一回ないし一五回)の各供述部分が存する、右岡村証言は、証言自体不明であり、結局右各証言は、岡村機械株式会社作成の照会回答書、収税官吏の中西正男に対する質問てん末書に照らすと全く信用できず、かえって被告会社と岡村機械との取引は右照会回答書記載のとおりであって、弁護人ら主張のような取引の存しなかったことが認められ、この点についての被告人らの弁解も採用しない。

大工和田勇に関しては、公判調書中の証人和田勇(第一三回)、被告人高橋達雄(第一一回ないし第一五回)の各供述記載部分、押収してある領収証及び請求書等一綴(前同押号の二)、請求書及び領収証等一綴(同押号の九)中の和田勇作成名義の領収証に弁護人らの主張にそう証拠が存するが、以下の理由によりいずれも措信し難い。

すなわち、大阪地方裁判所第一二刑事部四係の被告人有限会社徳島商事他一名に対する法人税法違反被告事件の第一五回公判調書抄本、同抄本に添付されている証拠説明書綴り中の和田勇作成名義の請求書、領収証、押収してある請求書一綴(同押号一一)に照らすと、前記領収証(同押号の二、九中のもの)は、それ自体作成日付もなく、住所の表示も昭和五二年分の請求書、領収証とは異なり昭和五〇年分の請求書と同一であること、更に収税官吏の和田勇に対する質問てん末書、収税官吏小谷道雄作成の領置てん末書によれば、昭和五二年三月分を除いては、前記請求書一綴(同押号の一一)が火星分(被告会社あるいは有限会社徳島商事、高橋カイに関するもの)についての全てであったことが認められることを総合考慮すると、弁護人の主張にそう前記各領収証が被告会社の二期に関するものであったことは到底認めることができない。従ってこれらの領収証が二期に関するものであったことを前提とする前記和田証言、被告人の供述はいずれも措信し難く弁護人のこの点に関する主張も採用しない。

二、そこで弁護人は右の点につき次のような控訴事由により原審の判断を求めた。

一期における冷暖房機修繕費として三〇〇万円弱が岡村機械に支払われたことは、第一審証人林石肇(第一八回)、同岡村孝則(第二〇回)の各供述、被告人の第一一回ないし第一五回の供述によって明らかである。

林石肇は、昭和四三年六月初、電気係として大阪産業(株)に入社し、ボイラー、冷暖房機、電気設備の維持管理にあたり、本件査察調査当時営繕部長となっていたものであるが、維持管理の対象であったクーリングタワーの配管、取替、冷凍機の分割修理ならびに配管取替は、原則的には五年ごとに、行わねばならないところ、入社以来一度も行っていなかったので、昭和五〇年か五一年に中西設備、岡村機械に見積書を出させ結局岡村機械に三〇〇万円足らずでやらせたと証言している。

右のような大がかりな配管の取替、冷凍機の修理が右期間になされたことは客観的に把握できる機械や配管の耐用年数からみて否定できないことであって、右の林石肇の証言と昭和五〇年六月項、林石営繕部長から注文を受け、弟達二人とともに一週間位かかってポンプ四台の取替えオーバーホール、配管を取替えたこと、その代金三〇〇万円足らずは高橋カイから受取ったと思う旨の証人岡村孝則の供述とを併せると修繕費の支出に関する証明は十分である。

被告人は、右修繕については林石営繕部長に一切を任せていたので、業者名も知らず当初国税査察官から尋ねられ自分の記憶にある業者名の相互冷機と答えてしまったのであって、その後林石営繕部長から事情を聞き、その業者が岡村機械であることを知って供述を変更したもので供述が変わるのは取引がなかったことの一証左となるべきものではない。

却って前述のように機械等の耐用年数から考えると修理が行われたことは動かすべからざることで、その費用が公表計上されていないのであるから簿外修理費の支出があったことも否定できないことである。なお岡村機械(株)の照会回答書は、同社倒産の経緯に鑑みて単に形式を整えたに過ぎずその信用性は岡村孝則の証言に勝るものではない。専門の査察官が現実に修理の有無について設備の点検もせず、林石営繕部長の取調もしないで、被告人が支払先と供述する相互冷機の方では修理ならびに修理代金受領の事実が存在しないというだけで、被告人が虚偽を陳述しているものと速断し、取引そのものを否定するのは真実発見のための調査でなく、原判決は右調査の欠陥に気づかず、これを正当として結局事実誤認に陥ったわけである。

2. 二期における大工和田勇に支払った修繕費三三万円については、第一審における証人和田勇の供述および同証人に示した領収証三通(合計三三万円)の存在によってこれを認めることができる。

第一審判決は、同人の国税査察官に対する質問てん末書の信用性を極めて高く評価しているが、右質問てん末書には「本日出頭するに際してニュー火星関係のことを聞かれると思ったので請求書控の火星分をはなして持ってまいりました」との記載があるのに、これを示したという記載がなく、さらに右質問てん末書には「五二年三月分の請求書が見当たりませんので、メモ書の請求書を出したかわかりませんが、三月五日から月末まで続いておりましたから、日当一万円で私の分が二五万円、学生アルバイト分二万円か三万円で二八万円程四月の初めに受取っておりこれが私が高橋カイから受取った総額です」と記載があるが、被告人(有)徳島商事関係で押収されている証拠物によれば三月三日から三月一五日まで一二万五〇〇〇円、三月一六日から三一日まで一七万円合計二九万五〇〇〇円と明確な記載のある請求書があるのを査察官はこれを示さないで供述だけで事実を認定しようとしているのである。

このような質問てん末書に信用性を持たせることは証拠の価値判断を誤るもので作成者が専門家であるだけに信用しすぎて事実誤認に陥り易い。

第一審判決は前記質問てん末書を信用しすぎ、そのため事実を誤認したものである。

さらに第一審判決は「収税官吏小谷道雄の領置てん末書によれば・・」と記載しながら証拠の標目には右領置てん末書は掲げていない。

三、原判決は右の控訴趣意に対し

第一審判決判示第一、第二事実中の各修繕費の点については、同判決が「修繕費について」として詳細に説示するところは、まことに適切であって付言の要をみない。ちなみに、所論は同判決が右説示にあたり証拠の標目として掲記されていない収税官吏小谷道雄作成の領置てん末書によって認めている点を非難するが、右領置てん末書をのぞいても原判決挙示の関係各証拠により右第一審判決の説示を十分に肯認することができる。所論は採りえない。

と判示してその主張を排斥した。

四、刑事訴訟法四四条一項は、「裁判には、理由を附しなければならない。」と規定し、同条二項本文は、「上訴を許さない決定又は命令には、理由を附することを要しない。」と規定している。

原判決は、同法四四条一項の裁判に該当するものであるが、前記の控訴趣意書に対し、何ら具体的な理由を説示することなく、単に『原判決が「修繕費について」として詳細に説示するところは、まことに適切であって付言の要をみない。』と判示するのは、畢竟同法四四条一項にいわゆる理由を附さないものというべきである。

被告人らが第一審判決に対し不服を抱き控訴を申し立てたうえ、その理由を述べた控訴趣意は、第一審判決の説明が適切でないと考えているからこそ、具体的にその理由を掲げて事実誤認を主張し、上級審としての原審の判断を求めた次第であるが、これに対する原判決の内容は全く問答無用ともいうべきもので、裁判の審級制度に期待をかけている被告人らをして納得せしめるものではなく明らかに刑事訴訟法四四条一項に違反するとともに重大な事実誤認を犯したものである。

第四点、雑費について

一、第一審判決は、弁護人の雑費に関する主張につき次のとおり判示してこれを斥けた。

弁護人は、簿外雑費として検察官主張額以外に一期についてはクリーニング代四万円、二期についてはクリーニング代四万三五〇円、柴田印房への支払九万五〇〇円を主張する。

奥野一義、井垣幸文、被告人高橋達雄の昭和五四年三月二一日付検察官に対する各供述調書によれば、検察官が主張する雑費の内訳は清掃代が一期二四〇万円、二期二〇万円であり、その他に顧問料、神主への謝礼として各一六八万円と認められる。

一期は、合計四〇八円であり、仮に弁護人主張のクリーニング代四万円を加算しても検察官主張の四二〇万円に満たないが、四二〇万円という金額については、検察官がこれを主張し、被告人も認めていることを勘案し、四二〇万円を一期における簿外雑費として確認する。

二期は、合計一八八万円であり、弁護人主張の額を加算すると二〇一万八五〇円となるので検討するに前記公判調書中の被告人高橋達雄の供述記載部分、押収してある請求書及び領収証等一綴(同押号の五)、領収証等一綴(同押号の六)、雑費一綴(同押号の七)により、昭和五一年九月二日の富士クリーニングに対する二万五三七〇円、高須屋クリーニング店に対する九八五〇円(同押号の六中の同店の品物引換書参照)、やなぎ屋クリーニングに対する八八五〇円を認容し、高須屋クリーニング店に対する五一三〇円については同伝票の体裁、記載内容等に照らし、被告会社の雑費としては認定しない。

柴田印刷工房については、押収してある領収証等一綴(同押号の八)中の同社作成の領収証の月日の記載が欠落していること、押収してある昭和五二年一月期総勘定元帳一綴(同押号の一四)によれば、その余の同社に対する出費がいずれも公表計上されていることをあわせ考慮すると、前記領収証等一綴(同押号の八)中の領収証は、同社の正規の領収証とはみとめられない。

以上より、二期については、一八八万円に四万四〇三〇円を加算した一九二万四〇三〇円となるが、検察官が二〇〇万円を主張し、被告人自身もこれを認めている点をも考慮し、二〇〇万円を二期における簿外雑費として認定する。

二、弁護人は右に対し、次の控訴事由により原審の判断を求めた。

第一審判決のいう一期の検察官主張額四二〇万円と四〇八万円(清掃代二四〇万円顧問料神主への謝礼一六八万円の合計)との差額一二万円の内容を明らかにしないで弁護人の主張するクリーニング代四万円は右一二万円に含まれるという判断は審理不尽による事実誤認に外ならない。

なお二期の高須屋クリーニング店に対する五一三〇円、柴田印刷工房に対する九〇、五〇〇円の支出の事実までをも否定する原判決の事実認定は誤っている。

三、右に対し原判決は、

第一審判決判示第一、第二事実中の各雑費の点については、第一審判決が「雑費について」として詳細に説示するところはまことに適切であって付言の要をみない。所論は採りえない。

と判示しただけで弁護人の前記主張を斥けた。

この点についても原判決は、第三点と同じ理由により裁判に理由を附さなかったものというべく、ひいては事実を誤認したものである。

第五点、雑収入について

一、第一審判決は、弁護人の雑収入に関する主張につき次のとおり判示してこれを斥けた。

弁護人は、友の会関係の二一二万九六〇〇円は預かり金であって雑収入ではなく、又損害金一五〇〇万円は架空計上したものであると主張する。

まず、友の会関係については、公判調書中の証人奥野一義(第一八回)被告人高橋達雄(第一二回)の、各供述記載部分、収税官吏の被告人高橋達雄に対する昭和五三年五月二九日付質問てん末書によると、友の会の会員は被告人高橋達雄自身が管理しており、被告会社とは明確な別勘定とはなっていなかったこと、支出面でも被告会社の持出しがあり、不足分は被告会社の福利厚生費、接待交際費でまかなっていたこと、支出については奥野一義、被告人高橋達雄の指示によりなされていたことが認められる。

以上の事実によれば、友の会は被告会社の経理と渾然一体の運用をなされていたものと解され被告会社の預かり金ではなく雑収入と認定するのが相当である。

損害金については、被告人高橋達雄は、借入金が多くなったので、手持ちの金を一五〇〇万円入れたものであって、架空計上であると弁解する。

しかし乍ら、収税官吏の被告人に対する昭和五二年一一月一六日付同五三年一月一九日付、同二月一三日付各質問てん末書から明らかなように、売上げを抜き過ぎたため、公表経理上資金不足となり、被告会社の簿外資金を公表するために三三〇〇万円を借入金としたことが認められ、本来この借入金を返済するために損害金を架空計上する必要もなく、又手持資金の証拠は被告人高橋達雄の供述以外何等存しない。

してみると、被告人の弁解自体不合理と考えざるを得ない。

しかも、収税官吏の高橋カイに対する質問てん末書、奥野一義の検察官に対する供述調書、押収してある岡義建設株式会社関係書類一綴(同押号の一二)ビル改装工事損害明細書一綴(同押号の一三)昭和五二年一月期総勘定元帳一綴(同押号の一四)によれば、岡義請負工事の遅延のため被告会社が四五〇〇万円余の損害を受けたと主張し、施主である高橋カイと岡義との間で紛議が生じ、結果高橋カイとの間で被告会社がこうむった損害をも含めた高橋カイらのこうむった損害金と岡義に対する請負代金の未払金を相殺する和解が成立したこと、被告会社の公表帳簿に損害金として一五〇〇万円計上されており、高橋カイもその事を了知していたことがみとめられる。

以上の事実によれば、高橋カイと被告会社との間に損害金を一五〇〇万円とする旨の合意がなされ、これに基づき損害金一五〇〇万円を公表計上したものと解するのが相当であり、架空計上ではない。弁護人の右主張は採用しない。

二、そこで弁護人は、次のような控訴事由により原審の判断を求めた。

1. 友の会は被告会社従業員の親睦を目的とするものであるが、第一審判決はその会費を被告人高橋達雄が管理していたと認定する一方被告会社とは明確な別勘定とはなっていなかったと認定したうえ、支出面でも被告会社の持出しがあり、不足分は被告会社の福利厚生費接待交際費でまかなっていたと認定しているが、右のうち支出面に関する認定は証拠に基づかない独断である。

被告会社の公表帳簿上、友の会に要した支出が被告会社の経費として計上されているというのであればこれを明示できる筈であるが、そのような事実は全く存しない。

2. 被告会社は公表上雑収入一七、八二九、六三五円を計上しているが、右のうち一五〇〇〇万円は架空計上にかかるものである。

右のような架空計上をなした理由は、岡義建設(株)が火星ビルの工事を遅延したためビル所有者高橋カイが同社に対し損害賠償金を請求し、他方被告会社は高橋カイとの間で休業期間が長引いたことによる損害賠償金の支払を求める交渉をしていたが、金額未確定であるのに拘わらず一五〇〇万円と確定したものとして計上処理したものである。被告人がこのような処理をしたのは、売上除外によって公表利益が減少しすぎるためこれを調整しようとしたわけで、本件起訴により修正損益計算書が組み直され売上除外分が公表に加えて修正されたのであるから、他方債権未確定の架空雑収入については、当然これを減額する内容の修正がなされなければならない。

三、右に対し、原判決は次のとおり判示しただけで弁護人の主張を斥けた。第一審判決判示第一、第二事実中の各雑収入の点については、第一審判決が「雑収入について」として詳細に説示するところはまことに適切であって付言の要をみない。所論は採りえない。

友の会の会費は預かり金であって被告会社の収入となる性格のものでないこと及びその支出は被告会社の経費と混同していないことについては原審で被告人高橋達雄が供述したとおりである。

四、原判決の右の判示も亦刑事訴訟法四四条一項にいわゆる理由を附したことにはならない。

これではいくら控訴事由を詳述しても、なぜ控訴事由が誤っており、第一審判決が正しいのかという納得のいく理由を示されないので全く取りつく島がない。

明らかに法令に違背し且つ事実を誤認するものである。

第六点、売上高について

一、第一審判決は、弁護人の売上高に関する主張につき次のとおり判示してこれを斥けた。

弁護人は、昭和五一年二月一日から同五二年一月三一日までの事業年度(以下二期という)における簿外売上について、二二一一万七五〇〇円と主張するが、右売上高の推計方法としては、ビールの売上高を基礎としており、この点は検察官主張の計算方法と招待券分の扱いを除いては大旨同様であるが、検察官は二期におけるビールの破損率を昭和五〇年二月一日から同五一年一月三一日までの事業年度(以下一期という)と同一の一・七パーセントとするのに対し、弁護人は二・二パーセントとすべきであると主張するので以下検討する。

弁護人の右主張に副う証拠としては、第一三回公判調書中の被告人高橋達雄の供述記載部分が存するが、その内容は、ビールを大量に仕入れて在庫量が多かったこと、保管場所を二〇か所も三〇か所も変えており例年よりも三割以上は破損、盗難が多く、最低二・二パーセントの破損率であったというものである。

しかし第一四回公判調書中の検察官の質問に対しては、保管場所は五、六回変わっていると思うと述べており、公判廷における供述自体に変遷が認められる。更に、収税官吏の被告人高橋達雄に対する昭和五三年三月一日付質問てん末書においては、昭和五一年二月トルコ新築時に営業部員全員で四階からビールを大量に移動させたこと、破損分、無料分は月一〇〇本程度であると述べていること等に照らすと、被告人高橋達雄の供述は、三転しており、その供述の変遷の理由については何等説明がなされていないことに鑑みると、その場しのぎの供述というべく、その供述の信用性は極めて乏しいものと考える。従って他に二期についての証拠の存しない以上、二期におけるビールの破損率も他の期と同様と推認されるので、一期におけるビールの破損率一・七パーセントで二期については推計計算すべきものと考える。

ビールの破損率一・七パーセントを基礎として弁護人主張の計算方法で算出した売上は、査察官主張の額よりも高額となり、被告人に不利益であるので検察官主張の計算方法で算定するのを相当と考える。(なお、ビールの破損率を二・二パーセントとすると二期の期首におけるビールの在庫量は増加するので(収税官吏作成の査察官調査書証拠等関係カード検察官請求番号14参照)弁護人主張の計算式そのものが正当とはいえない。)

よって弁護人の右主張は採用しない。

公判調書中の証人井上昭彦(第六回)、同鈴木高行(第七回)、同小谷道雄(第八回)の各供述記載部分、収税官吏の神崎勇三に対する質問てん末書、押収してあるホステス支払関係書類一綴(昭和五五年押第五五二号の一)、収税官吏作成の査察官調査書三通(前記番号11 14 31)によれば、一期における簿外売上高は五九八一万三五三〇円、二期における簿外売上は二三九〇万七八八〇円と認められる。

二、そこで弁護人は次のような控訴事由により原審の判断を求めた。

1. 第一審判決は、被告人高橋達雄のビール保管場所に関する供述が三転しており、その供述の変遷の理由については何等証明がなされておらず、その場しのぎの供述なりとしてその信用性は極めて乏しいと判断している。

ところが、第一審における審理は、被告(有)徳島商事に対する法人税法違反事件と併せて同一の部によって審理され、特に裁判官が変わってからは、結審を急ぎ調査の段階における資料の内容の確認が中心で、公判廷でじっくりと被告人の言う分を聞くようなことはなく、弁護人も初めて経験するような慌しい雰囲気であった。

加わうるに被告人高橋達雄は脳出血を起こし、その後遺症も手伝って十分な記憶の喚起と表現ができなかったのである。

ビルの改造工事によって或る場所へ移転したものを、すぐ他の場所へ移転させたり、元の場所へ戻したりすることは当然あり得ることで、場所の個数を表現するのに移転の回数をもってすることも強ち不当とはいえず表現方法として存する。

このようなことをあげつらい被告人の供述の信用性が極めて乏しいと判断し、ビールの破損率に関する供述まで信用できないというのは、主張排斥のためのこじつけとも言えるのである。

第一審判決は、右のような証拠の価値判断の誤りにより事実を誤認したものである。

三、右に対し原判決は、やはり次のとおり判示しただけで弁護人の主張を斥けた。

更に、第一審判決判示第二事実中の売上高の点については、同判決が「売上高について」として詳細に説示するところはまことに適切であって付言の要をみない。所論は採りえない。

四、原判決の右の判示も亦、刑事訴訟法四四条一項にいわゆる理由を附したことにはならないこと、そしてかつ事実を誤認したものであることは第五点で述べたところと同じである。

第七点、受取利息について

一、第一審判決は弁護人の受取利息に関する主張につき次のとおり判示してこれを斥けた。

弁護人は、田辺一郎名義の普通預金、工藤信太郎(二口)、安部秀雄名義の提起預金については、いずれもその帰属を争っている。まず定期預金については、公判調書中の被告人高橋達雄(第一一回ないし第一五回)の供述記載部分によると、いずれも被告会社のものではなく、高橋カイ個人のものと供述し乍ら、同女に未だ確かめていないとも述べており、その供述自体不自然で信用性に乏しい。他方、被告人高橋達雄の検察官に対する昭和五四年三月二〇日付供述調書によると被告会社は、昭和五一年一月末に内田名義のほか二・三口で三〇〇万円の仮名定期預金があったと述べていること、収税官吏の高橋カイに対する昭和五二年二月一四日付質問てん末書謄本(不同意部分を除く、以下同じ)同女の検察官に対する供述調書謄本、第一六回公判調書中の証人新田裕夫の供述記載部分、収税官吏作成の査察官調査書(前記番号71)を総合すると、工藤、安部名義の定期預金は、いずれも被告会社のものと認められる。

田辺名義の普通預金については、前記各証拠及び大阪地方裁判所第一二刑事部四係の被告有限会社徳島商事他一名に対する法人税法違反被告事件の証人永田京子に対する証人尋問調書謄本によれば、同預金口座に被告会社の資金の入出金がなされていたこと、更に高橋カイへの出金も口座からなされていたことが認められ、被告人高橋達雄の個人預金であるとの弁解は不合理で措信し難い。

右事実よりすれば、田辺名義の普通預金も被告会社のものと認められる。

二、そこで弁護人は右に対し次の控訴事由により原審の判断を求めた。

工藤信太郎名義の定期預金は高橋カイ個人の定期積金から発生しているもので被告法人の預金ではない。

安部秀雄名義(原判決の阿部は誤)の定期預金は工藤信太郎名義の定期預金の解約金が加わっているので被告法人の預金ではない。

田辺一郎名義の普通預金は被告人高橋達雄が古くから個人で開設していたもので、社員の給料支払のための新札がほしいため、及び銀行の信用を得るため、個人の所持金をおどらすための出し入れはしているが被告会社の資金と混同するようなことはなく、又、第一審判決が高橋カイへの出金が右口座からなされていることをもって、右口座が被告会社のものであるという理由は成立たない。

これらの各預金を被告会社のものと確定した第一審判決は事実を誤認している。

三、右に対しても原判決は、

更に、第一審判決判示第一、第二事実中の各受取利息の点については、同判決が「受取利息について」として詳細に説示するところはまことに適切であって付言の要をみない。所論は採りえない。と判示しただけで弁護人の前記主張を斤けた。

この点についても原判決は、裁判に理由を附さなかったものというべく、ひいては事実を誤認している。

原判決に関する法令の違反ならびに重大な事実誤認については以上述べたとおりであり、特に第三点ないし第七点については、修繕費、雑費、雑収入、売上高、受取利息の各項目にわたり、控訴理由ならびに原審で事実調べをした被告人高橋達雄の供述に関しては、一切具体的な説示をしないで、「第一審判決が詳細に説示するところは、まことに適切であって付言の要をみない」と、いずれも紋切型の説示をしているのである。

かようなことは、前述のように刑事訴訟法四四条一項の規定に反するものであり、裁判の審級制度に期待をかけ、その結果について納得を求めようとする被告人の権利と期待を著しく阻害するものである。

そしてこのことは、必然的に重大な事実の誤認に連なるものであって原判決における右の法令の違反ならびに事実誤認は、判決に影響を及ぼすことが明らかであるとともに、これを破棄しなければ著しく正義に反するものと考える。

まして、本件第一審の審理は、昭和五七年七月一二日午前一〇時から正午までの間に、本件の論告及び有限会社徳島商事外一名に対する法人税法違反被告事件の被告人尋問が実施され、論告直前に突如岡村機械(株)の照会回答書等の取調請求があり、裁判官の夏期休暇に入る前日の八月九日午前一〇時に両事件の弁論を要求されていて、前記岡村機械(株)の照会回答書に対する反証の機会は全く与えられないまま弁論をなさざるを得なかった。(検察官は岡村孝則の証言の際、手元にあった照会回答書については全く触れず、論告直前にその取調請求をしたものである。)

かように異常な第一審の訴訟指揮の結果については、せめて原審において十分参酌され、補正さるべきものと期待したが、原審においても前記のとおり到底納得の得られるものではなかった。

そこで、刑事訴訟法四一一条により原判決を破棄したうえ、本件を原審に差し戻しさらに審理を尽くさせるべきものと思料し、本件上告に及んだ次第である。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例